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2015/8/29

夢 その過去と現在

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冷房の風に飽き出す今日この頃、プリザーブドフラワーを購入した。新宿伊勢丹メンズ館にある、人の名前の付いた花屋さんにて。値札に書かれた価格にしばし動きを止めたが、直射日光に当てなければ2〜3年は保てるらしいとのことで、勢いというのは怖いですね。そして購入してから自宅に置き場所がないと気付き呆然。「冷蔵庫の上は?」と父。ううん、何かが違う。こう、何と言うか、花と冷蔵庫が相殺されているような。どんなもの、どんな人にも、特有のリズムが存在すると感じる。不協和音がビリビリと聞こえてくるけれど、精いっぱい愛でるから、しぼまないで。

「書くネタがありません」というネタで、太宰治は短編小説をひとつかふたつ完成させていたことを思い出した。彼が死んで67年後の8月29日も、「更新するネタがありません」とツイッターやフェイスブックを更新する人が何人いるのかしれない。かく言う私も、とある夢を叶えた結果、胸がいっぱいになり、浴室で煙草を吸いながら反芻するその夢が、もはや命のありがたさまで教えてくれるので、感謝の言葉しか出てこず、太宰のような文才があれば何とかなるがそれもゼロの私は、より一層つまらない人間となってしまった。しかし書かないといけない。夢の話を、してみようと思う。

ここで言う夢とは、ぐっすり眠りたいときに限って頭の中に現れ、おとぎ話の世界へと無理やり連れ出す夢ではない。不確かな未来に思いを馳せ、こうなれたら自分は今より幸せになれるであろうと、ひとり企む理想を指す。それは「希望」でも「未来」でもよかったわけだが、希望と書くと少しキザだし、未来と書けば、タイトルが「未来 その過去と現在」になり、蜃気楼のように見えては実在しない未来に軸を置き、その過去、その現在と言っても、ただの言葉遊びというか、どうにも解釈のしようがない。「夢を見る」という表現は、「実現しないかもしれないけれど、胸に秘めています」というロマンと未熟さのコンボであって、この諦めていない感じ、好きだ。どこまでもゆけるということは、どこへもゆけないということと同じで、絶望の匂いさえ漂う「夢」のギャップに魅惑されているのは確かである。

生まれて初めて大人に応援される夢を抱いたのは、5歳の頃。幼稚園に飾られた笹に、「バスガイドのおねえさんになれますように」と書いた短冊を結びつけた七夕。あの頃はバスガイドになるためには地獄のような研修を生き延びなければならないと知っているわけもなく、「なれたらいいね」と言う先生に、へらへらと笑った。

総理大臣になりたいだとか、宇宙飛行士になりたいだとかいう途方もない夢を見る権利が、小学生や中学生にはある。ならば君はそれになるために何をするかと真剣な顔で大人に尋ねられることもない。そもそも大人はその夢が叶わないと決めつけているのだから、親でもない限り、向き合おうとはしない。夢に対する大人の態度が変わるのは、高校生になった頃。どこの大学に行きたいんだとしつこく聞かれ、少し夢を見れば、よせ、今の君には無理だ、現実を見ろと、確実に社会に貢献できる人材へと高校生を変身させようとする。進学校に通っていながらも自らの進路に頓着していなかった私は、全校集会で体育座りしている私たち生徒に、「医者か弁護士になれ」と平気で啓蒙する教師たちに閉口していた。この高校のイメージアップのために、それぞれの夢を捨てろと言っているように聞こえ、更に地元は田舎だったので、人に尊敬される職業に就く私の両親は名が知れていたせいもあり、お前は将来両親の跡を継ぐんだろという決まり文句が、高校生となってからはパワフルになり、勝手なことばかり言って私を型にはめようとするすべての大人に嫌気が差し、目も、耳も、口も、失くした。

それから体力的にも精神的にも外出できない状態は続くこと9年。夢なんて忘れた。好きだったあの人の柔らかい声も忘れた。あの頃、何を支えにして生きていたのかさえ思い出せない。転機が訪れたのは昨年の春。年齢、学歴、服装を問わないアルバイトの募集を知り、勤め続けられるかもわからなかったというのに、勢いというのは本当に怖いですね。そこで素晴らしい方々と出会い、感銘を受け、私はごく自然に笑顔を取り戻し、生まれて初めて心の底から夢を抱いた。「音楽ライターを目指します。だから、ここを辞めます」、そう言えたのは、すべてあの方々が傍にいて手を取り引っ張ってくれたおかげ。今も弱音を吐けば、叱咤激励してくれる、かけがえのない存在です。

こうして私はTSM渋谷にいる。満足に眠れないのは辛いが、学生生活を謳歌し続けたい。

「夢が叶いました。聞きたいですか?」と言うと、「今は聞きたくありません」と天井先生。うふふ。天井先生、いつも校正してくれて、ありがとう。私も、父も、先生を尊敬しています。生きていても、会いたい人に会えるわけではない。けれども、死んでも会いたい人には会えない。心臓が動いていれば、想像を超える日は絶対にどこかで待ってくれています。虚しかった9年間、しぶとく命を繋いだ人間が言うのだから、本当。なるようになりますし、ならないようにしかなりません。どうか、生きれ。記憶は風化しても、あの日あのときの気持ちは嘘じゃない。私のすべての夢は、私と共に眠り、私と共に起きる。きっと、みんなも、そう。きっと、これからも、そう。人生こそが、夢なのです。

溝部尚子


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