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2016/4/22

ペンちゃん

春が幽かにふんわりと下りてくる3月中旬のお昼過ぎ、自宅の最寄駅から京王線に乗る。がらんどうの最前車両は光に満ちて、コトコト揺られるうち、隣町の駅がフロントガラス越しに流れ、止まり、ドアが開いた。
祖父母と孫だろうか。幼稚園児に見える男の子の手を握る、人のよさそうな顔をしたご老人ふたりが、停車した車両のそばで何やら話している。運転席に近寄り、尋ねているようなおばあさん。それに返答する運転手の後ろ姿。男の子とおじいさんの元に戻ったおばあさんが、この電車は各駅であり、特急ではないと、多分ふたりに伝えているのだろう、3人は笑っていた。
おばあさんと男の子は手を取り取られ、ホームの端に歩いていく。ドアが閉まる。ガタンと、電車が動き出す。運転手を笑顔で見つめるふたり。車窓の向こうで、ホームの端で、男の子が運転手に手を振っている。電車の先頭とふたりとの距離がいちばん近づいたとき、運転手は手を振り返し、そして敬礼をし、最後にお辞儀をした。おじいさんもおばあさんも男の子も見えなくなった。
コトコト、コトコト、揺られながら涙が滲んだ。穏やかに煌めく、命同士の邂逅は、なんて美しいの。当然、遠くの街に用があったから電車に乗ったのだけど、もうどうでもよくて、あの男の子が被る真っ赤なキャップ帽と、運転手が被る制帽とが重なる。敬礼された男の子が本当に嬉しそうで、よかったね。君はもう、電車の立派な運転手だ。

幼い頃からペンギンが好きで、イワトビペンギンやアデリーペンギンよりもコウテイペンギン。実家にはそのぬいぐるみが山のようにあり、どれも「ペンちゃん」と呼んで可愛がった。他にもキーホルダー、写真集、バスタオル……たくさんのペンギンは私の寂しさを紛らわせてくれた。
それから20年がたとうという2016年2月、TSM渋谷の卒業・進級制作展「We are」の準備をある程度終え、ひと息吐いた私に、同期のゆかが「いいものがある」と携帯を操作し始め、覗き込むと、画面はLINEのスタンプショップ。「見て。めっちゃ可愛いやろ」、そこには、ペンちゃんが。
当然昔撫でていたそれではないのだけど、つぶらなおめめ、ぽってり体型、手のひらサイズ、もとい、ミニマムサイズ、そこにはコウテイペンギンのヒナのデフォルメが何パターンもあって、照れていたり、びっくりしていたり、手を振っていたり、こちらをガン見したりしていた。スタンプの名称は「ぺんちゃん」だった。そもそもLINEは言葉で意思表示する考えから、スタンプは3種類ほどしか持っていない。これまでもこれからも、買い足すつもりはなかった。なのにこんなにも喜怒哀楽を全身でちょこまかと訴えるペンギンが眼前に現れて、身体が火照るのを感じた。どうしてこれを可愛いと思うのか、という根本的疑問は皆無。胸が痛いほどのファーストインプレッションは私だけのもの。
その上、遠い記憶とシンクロするその名前。布団にぎっしりと並べられたペンちゃんたちは大運動会を開催し、ペンちゃんが優勝した。1位ペンちゃん、2位ペンちゃん、びりペンちゃん。ペンちゃんを洗濯すると言った親に泣いた。きっと洗濯機の遠心力で死んでしまうと思った。旅行先でもリュックサックの中にはペンちゃん。移動する車から流れる景色が見えるよう、ペンちゃんを窓際に掲げた。友人ができず落ち込みながらペンちゃんにただいまと話しかけた日。リレーの選手になれたよと話しかけた日。明日は遠足なんだ、でも連れていけないみたい、ごめんね。心も身体も成長していく私と、いつまでも柔らかく小さいペンちゃん。私は気がつけば生意気になり、ペンちゃんの温もりを忘れていった。
ペンちゃんは物置に積み重ねた籠に追いやられた。望まなかった状況に陥り、甲府を離れるしかなかった16歳の春。喪失感だけが私のそばに残った。時折、ペンちゃんと遊んだ思い出が、ペンちゃんしか遊び相手がいなかった思い出が脳裏を掠めて、でも私は変わってしまって、今ここにペンちゃんがいたとしても、あの頃のように時間を意識せずに何の屈託もなく触れることはできない。だったら、もうずっと忘れていよう。そう思ううち、TSM渋谷に入学し、回転を急激に速めた世界にしがみつくので精一杯で、その癒やしは実質的な食事や睡眠、気晴らし目的のショッピングなどに求めるようになり、ただふかふかしたものにあの面影を見ることもなくなったはずだった。そこに姿を現した「ぺんちゃん」とペンちゃん。
ペンちゃんを今まで遠ざけ生きてきた。思い出せば過去から戻ってこられないのが本当は怖くて。でもそれをとっくに見透かして、ペンちゃんは心から消えようとしなかった。そしてこうも思った。今まで忘れたつもりでいたのは、2016年2月のためにあったんじゃないのか。どれほどの虚無感に襲われても平気を装い、弱かった過去を一切捨てたがった中高生の私ではなく、芽生えたノスタルジーを認め、肯定的に書けるようになった今の私に、ペンちゃんが会いに来てくれたんじゃないのか。「ぬいぐるみに期待しないでいいし、ひとりで流したすべての涙を許せるようになったのなら、今が薄明に包まれているのなら、それでいいんだよ」と、多分それはペンちゃんのものではない声が響いた。
紹介された2分後には購入した「ぺんちゃん」を、豊洲駅までの帰り道、川原くんやゆかや室井くんへ、早速送信。「可愛いね」、みんなそう言った。

溝部尚子

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